2009年6月12日金曜日

見かけにだまされないように

書き出しの数行で文章がすんないり体にしみてくる。最近の『アフターダーク』(2004)にしても、『海辺のカフカ』(2002)にしても、ほんの少ししっくりこない感じだった。冒頭、タクシーの中でヤナートニクの”シンフォニエッタ”が流れるというのは、ドイツ行きの飛行機の中でビートルズが流れてきたり、スパゲティーを茹でながら泥棒かささぎが流れたりする、過去の私の好きな作品を彷彿とさせる。


2009年6月11日木曜日

目次

目次がつくのも久々ではないでしょうか?
”青豆”、”天吾”。何のことかわからないが、章毎に交互になっている様子は『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』を彷彿とさせる。けれど、あの時は短い名詞が三つづつ並んでいた。今回は短い文章になっている。なので、どちらかといえば『ねじまき鳥クロニクル』のよう。そう、ねじまき・・はまさにその中間、長い名詞が2つ、もしくは3つ並んでいる。

第18章 もうビッグ・ブラザーの出てくる幕はない

本人もどこかのインタビューで触れていたと思うが、この作品のタイトルはジョージ・オーウェルの『1984』(1949)からとられている。その『1984』にでてくる”ビッグブラザーの名前がこんなに直接的にでてくるとは驚いた。

ちなみに『1984』、アマゾンで中古品が一時¥5,979-で出されていた。確かにこの本、貴重です。そうそうおっきな本屋に行ってもなかなか置いてません。

2009年6月10日水曜日

プロローグ

"It's Only a Paper Moon"(1933)
(E.Y.Harburg & Harold Arlen)

数行の日本語だけを読むと、なんだかいわくありげな世界の話のことかを思ったのですが、こんな軽快な音楽の一説だとわかって、少し安心しました。夢を信じなさいということでしょうか?



E.Y.Harburg & Harold Arlenは、オズの魔法使いのオーバー・ザ・レインボーの二人。
オズの魔法使いといえば、「オズの魔法使いに出てくる竜巻のような」(?)かなんかの表現がどこかに出てきた記憶があります。

村上作品にプロローグが付くのはさほど多くなく、『神の子どもたちはみな踊る』(ドフトエフスキー『悪霊』、ジャン=リュック・ゴダール『気狂いピエロ』)と、『ノルウェイの森』の”多くの祭り(フェト)のために”という難解な一文くらいではないでしょうか。

すでにここでわくわくします。

Nat King ColeのIt's Only a Paper Moon



桑田圭祐のもいいです。